世界一簡単な福音の受け取り方 How to receive the simplest gospel in the world

このブログを読んでいただける皆様へ福音が伝わり、イエス・キリストの御名により、神の救いとめぐみが皆様にあたえられますように

救いの邪魔になっている要素の一つ、「進化論」 One of the obstacles to salvation, "evolution theory"

たち、人間はこの世に生まれます。

 

今までの人類は進化してきたのでしょうか?

 

そもそも進化とは何でしょうか?

 

進んで、化けると書いて「進化」

 

人の寿命は長くても100年程度

 

生物がこの世に対応するために前進的に肉体や形態の変化を積み重ねることを「進化」とするならば、

 

全ての人は「死にたくない」、「寿命を延ばしたい」、「病気になりたくない」、と強烈に願い、求め、何千年も前の人からそう願い続けて、

 

「寿命が延びる進化」、「年老いない進化」「病気にかからない進化」を求めてきたのではないでしょうか?

 

 

特に、この世で順風満帆な人ほど「死にたくない!」と強く願うのではないでしょうか?

 

 

それでも人は病気になり、老いて、動けなくなり、長くても100年程度で「死」を迎えます。

 

 

 

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このガラパゴスゾウガメの寿命は200年くらいだそうです。

 

この亀は、人よりも強く、長く生きたいと願って進化し、寿命が伸びたのでしょうか?

 

人が一番願う「進化」。それは健康な体で生活し、寿命を延ばし、究極的には死なないこと、つまり「不老不死」ではないでしょうか?

hukuinn.hatenablog.com

 

 

ところで、私たち日本人は学校の教育過程でダーウィンの「進化論」を教えられたと思います。詳しいことは覚えていませんが、猿から人に進化したという絵は頭に残っています。

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現在、科学の領域における仮説の多くは、チャールズ・ダーウィンの進化論を適用することによって、おそらく最初に単純で原始的な生命が生まれ、より複雑な生命へと変化することが繰り返されたのだろうと推察している。(Wikipedia参照)

生命の起源 - Wikipedia

 

私も以前は生命の始まりは、海の中から単細胞生物が生まれ、微生物になり、魚類に、両生類に、爬虫類に、哺乳類、猿人から人類へと、その進化の原因として突然変異の繰り返しで、このような様々な生き物に枝分かれして、現在のような世界になっていると思っていました。

 

 

 

第一番目に発生した生物の始まりは誰も見たことがないので証明することはできません、ましてや宇宙の始まりの仮説はいくらあっても、現実に見た人も、証明することもできませんし、再現することもできません。

 

現在発表されている理論は限りなく信ぴょう性のある論理だとは思いますが。

 

 

 

化論が間違っているということではなく、進化論を信じて生きる人は、創造主を知ることがない、なぜなら「人は、海から微生物の進化の末に今、人が生きている」という考えでは、人は神から創造された尊いものであると思えないからです。

 

あるいは生物、植物全てのものは自然発生したものとするならば、神が全てを創造したという発想にならない。これが進化論を信じる問題であると思います。

 

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聖書を読む。あるいは聖書の話を聞いて理解しなければ、神が人を創造したという事実を本当に信じることができません。

 

進化論を信じることは、人から神を遠ざけるだけではなく、人が神を理解する際にも大きな妨げ、妨害、邪魔になっているということが問題です。

 

進化論にはたくさんの研究者が現在もいますが、その方たちも論理は組み立てられますが、再現はできません。

 

ましてや素人にはこのような論理や論文などの詳しいところまで理解できません。

 

そして現在では150年前のダーウィンの進化論の信ぴょう性にも疑いがかかっています。

 

彼は全ての生物は一種あるいはほんの数種の祖先的な生物から分岐して誕生したのだと述べたが、実際にはタイトルに反して、どのように個々の種が誕生するか(種分化)はほとんど説明しなかった。生物の地理的分布や性淘汰についてもわずかに言及している。当時は DNA遺伝の仕組みについては知られていなかったので、変異や遺伝の仕組みについてはうまく説明できなかった。

種の起源 - Wikipedia

上記から引用

 

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が人を創造されたことが書かれているのが聖書です。

 

神が何のために人を創造したのかも書かれています。

 

それは神と人とが愛のある従順な関係を築くために創造されたと書かれています。

 

そして神から離れてしまったのが現在の人であることが書かれています。そしてその離れていることが「罪」であるとも

 

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以下は創世記第1章です。 旧約聖書のまさに始まりの一節です。

 

これは約3500年前に書かれたものです。

 

心を静かにして読んで頂ければと思います。

 

 

創世記第1章

はじめに神は天と地とを創造された。 地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。 神は「光あれ」と言われた。すると光があった。 神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。 神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。 神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。 そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。 神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。 神はまた言われた、「天の下の水は一つ所に集まり、かわいた地が現れよ」。そのようになった。 神はそのかわいた地を陸と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、良しとされた。 神はまた言われた、「地は青草と、種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ果樹とを地の上にはえさせよ」。そのようになった。 地は青草と、種類にしたがって種をもつ草と、種類にしたがって種のある実を結ぶ木とをはえさせた。神は見て、良しとされた。 夕となり、また朝となった。第三日である。 神はまた言われた、「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、 天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになった。 神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。 神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、 昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。神は見て、良しとされた。 夕となり、また朝となった。第四日である。 神はまた言われた、「水は生き物の群れで満ち、鳥は地の上、天のおおぞらを飛べ」。 神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類にしたがって創造された。神は見て、良しとされた。 神はこれらを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、海の水に満ちよ、また鳥は地にふえよ」。 夕となり、また朝となった。第五日である。 神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」。そのようになった。 神は地の獣を種類にしたがい、家畜を種類にしたがい、また地に這うすべての物を種類にしたがって造られた。神は見て、良しとされた。 神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。 神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。 神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。 神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。 また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのようになった。 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。

 

創世記第2章

こうして天と地と、その万象とが完成した。 神は第七日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれた。 神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。 これが天地創造の由来である。主なる神が地と天とを造られた時、 地にはまだ野の木もなく、また野の草もはえていなかった。主なる神が地に雨を降らせず、また土を耕す人もなかったからである。 しかし地から泉がわきあがって土の全面を潤していた。 主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。 主なる神は東のかた、エデンに一つの園を設けて、その造った人をそこに置かれた。 また主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた。 また一つの川がエデンから流れ出て園を潤し、そこから分れて四つの川となった。 その第一の名はピソンといい、金のあるハビラの全地をめぐるもので、 その地の金は良く、またそこはブドラクと、しまめのうとを産した。 第二の川の名はギホンといい、クシの全地をめぐるもの。 第三の川の名はヒデケルといい、アッスリヤの東を流れるもの。第四の川はユフラテである。 主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。 主なる神はその人に命じて言われた、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。 しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。 また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。 そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。人がすべて生き物に与える名は、その名となるのであった。 それで人は、すべての家畜と、空の鳥と、野のすべての獣とに名をつけたが、人にはふさわしい助け手が見つからなかった。 そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。 主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。 そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう」。 それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。 人とその妻とは、ふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。

 

 創世記3章

さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。 女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、 ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。 へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。 それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。 女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。 すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。 彼らは、日の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した。 主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。 彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる音を聞き、わたしは裸だったので、恐れて身を隠したのです」。 神は言われた、「あなたが裸であるのを、だれが知らせたのか。食べるなと、命じておいた木から、あなたは取って食べたのか」。 人は答えた、「わたしと一緒にしてくださったあの女が、木から取ってくれたので、わたしは食べたのです」。 そこで主なる神は女に言われた、「あなたは、なんということをしたのです」。女は答えた、「へびがわたしをだましたのです。それでわたしは食べました」。 主なる神はへびに言われた、「おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう。 わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」。 つぎに女に言われた、「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。それでもなお、あなたは夫を慕い、彼はあなたを治めるであろう」。 更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。 地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、あなたは野の草を食べるであろう。 あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。 さて、人はその妻の名をエバと名づけた。彼女がすべて生きた者の母だからである。 主なる神は人とその妻とのために皮の着物を造って、彼らに着せられた。 主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。 そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。 神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。

 

 

かがですか? 創世記第1節、これは3500年前に神が人に書かせた書です。

 

この内容、人が思いつくでしょうか? これを人が思いつきで書いたとするならば何の目的で書くのでしょうか? 

 

 

日本では縄文時代です。

 

 

 

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私たちは本当に微生物から発生したのでしょうか?

 

 

私たちの祖先は本当に単細胞生物でしょうか?

 

 

アメーバですか?

 

ゾウリムシですか?

 

 

 

 

種の起源は創造主である神です。

 

 

 

 

 

 

書は創造主が神に似せて人を創造したと書かれています。

 

そして全ての人を創造主は愛していると書いています。

 

 

そして今、神から離れてしまった、背いてしまった人々を救うために、創造主のもとに、イエスキリストのもとへと引き戻すために「福音」が世界中に伝えられているのです。

 

 

その福音とは

全ての人は罪人であり、神から離れてしまっている。

 

人が神から離れ、背いていることを罪だと素直に認め、創造主である神に謝罪すると、全ての罪が赦されること。

 

そしてその創造主が全ての人を救うために、この世に創造主の御子を、人として送られた。

 

その御子である、イエスキリストが全ての人の罪の身代わりのために十字架に架かってくださったこと、墓に葬られたこと、三日後に創造主がイエスを復活させたこと。

 

これを心で信じ、口で「イエスキリストが私の主(神)である」と言い表したものは救われ、神と共に天国で住む永遠の命が与えられる。

 

これが福音です。

 

今はこのことを信じただけで神は全ての人を赦し、永遠の天国へと引き上げる約束をしてくださるのです。

 

 

墓に葬られた後に3日後にイエスキリストは復活されました。

 

復活を信じる、福音を信じたものは、「永遠の命」が与えられるのです。

 

復活によって、人の「死」が創造主によって葬られました。

 

人が究極に求める「進化」つまり、「不老不死」

 

 

創造主は人々が究極に求める解決策を「福音」によって成し遂げてくださったのです。

 

 

 

 

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「光」についての神学的瞑想 - 牧師の書斎

 

 

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1. 進化論の限界~生命は創造されたのか|聖書の教え | True Ark Bible

 

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