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世界一簡単な福音の受け取り方 How to receive the simplest gospel in the world

このブログを読んでいただける皆様へ福音が伝わり、イエス・キリストの御名により、神の救いとめぐみが皆様にあたえられますように

イエス・キリストとは

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福音を得る前は

私はイエス・キリストを人だと思っていました。

知っていたことといえば 

クリスマスがキリスト誕生日(実際にはこの日ではないと言われています)

最後の晩餐の絵

十字架に架けられた

などぐらいで、深く考えたことがありませんでした。

 

皆さんはいかがですか?

 

聖書を読み続ければ、神であり、神の御子であるイエスキリストが本当に私たちの罪を背負うためにこの世に来られ、十字架にかかることで全ての罪を精算していただいたことがわかります。

 

まさか神であり、神の御子である方が 人となってこの世にきたなんて始めは信じられませんでした。

 

今日は日本ではよく知られていない、このイエスキリストについて解説していきましょう。

 

イエス・キリストとは

ヘブル語では「イェシュア・ハマシーアッハ」、ギリシャ語では「イエスース・クリストス」、英語では「ジーザス・クライスト」(Jesus Christ)と言います。「イエス・キリスト」というのは、

イエスが名前で、

キリストは苗字ではなく、「キリスト」とは職名です。

 

イエスという名の意味
「イエス」という名は旧約聖書に登場するモーセの後継者ヨシュアギリシア語訳「イエスース」から来ています。ヘブル語では「イェシュア」で、「主は救い」という意味です。

 

「キリスト」とは、神の働きのために特別な力と権威を授けるため「油注がれた者」を意味します。旧約聖書では、「王」「大祭司」「預言者」にのみ任職の油が注がれました。したがって、「イエス・キリスト」とは、イエスが神からの任職の油を注がれた「王」であり、「大祭司」であり、「預言者」という表現なのです。

初代教会においては、「イエスがキリストであった」ということが「良き知らせ」(福音)でした。この福音が人々を救うので、「救い主」とも言われているのです。「救い」は「福音」からもたらされるのです。

 

以下のサイトにて詳しく書かれています。

序 「イエスはキリストです」 - 牧師の書斎

 

聖書には旧約聖書新約聖書とがあります。

共に神の霊により人に書かせたものであるとされています。

約とは神との契約という意味です。

イエスキリストが新しい契約 イエスキリスト以前を旧約といいます。

旧約聖書にはイエスキリストが人として来る前からイエスキリストの事が書かれています。

旧約聖書だけを信じているのがユダヤ人です。

 

旧約聖書に書かれている救世主をイエスキリストであると認めず、現在も救世主が来ることを待ち望んでいます。新約聖書を認めていません。

ただし、ユダヤ人がイエスキリストを信じない事は神の今後のご計画により信じていません。

創世記 12章1~3

 主はアブラムに言われた。
「…あなたを祝福する人をわたしは祝福し
 あなたを呪う者をわたしは呪う。
 地上の氏族はすべて
 あなたによって祝福に入る。」

アブラムは後にアブラハムといわれユダヤ人の祖です。

ですので今後、ユダヤ人を通して最終的に全ての国民が祝福に入るという神のご計画があります。

 

真のキリスト教徒は旧約聖書新約聖書共に信じています。

 

イエスキリストに関する預言は、旧約聖書の中にたくさんあります。多くの解釈者たちは、メシヤについての預言は何百もあるといいます。 以下は、その中でも最も明確で重要だとされる預言です。

イエスのご降誕について

イザヤ7章14節

紀元前8世紀の預言者イザヤが書いたもの

「それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女が身ごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名つ”ける。」

 イザヤ9章6節

「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその方にあり、その名は『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君』と呼ばれる。」  

ミカ5章2節

ベツレヘム、エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、私のために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から永遠の昔からの定めである。」
時代がすすんでBC一九世紀になると、キリストがイスラエル民族の「ユダ」の部族に生まれることが、予言されました。

創世四九章10
 「つえはユダを離れず、立法者(神)のつえは、その足の間を離れることなく、シロ(究極的にはキリストを意味する)の来る時までに及ぶであろう。もろもろの民は彼に従う」
 さらにBC1000年頃になると、予言はさらに詳しくなります。キリストはユダの部族の「ダビデ王」の家系に生まれることが、予言されるのです。


詩八九・二九、三六 

「わたし(神)は、彼(ダビデ)の家系をとこしえに堅く定め、その位を天の日数のようにながらえさせる。・・・・・・彼の家系はとこしえに続き、彼の位は、太陽のように常にわたしの前にある」
 この言葉は、イエス・キリストダビデの子孫として生まれ、私たちの救い主、また「王の王、主の主」として立てられたことによって、その究極的な成就を見ました。この予言通り、キリストはダビデの家系であるヨセフとマリヤの家に、ご降誕されました
 

このように、キリストはまず人類の中に降誕することが予言され、つぎにイスラエル民族の「ユダ」の部族、またユダ族のダビデ王の家系に生まれるというように、時代が進むごとに、予言がせばめられていったのです。

 



イエスの宣教活動とその死に関して

ゼカリヤ9章9節

「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜り、柔和でロバに乗られる。それも、雌ロバの子の子ロバに。」  

詩篇22篇16-18節

「犬どもが私を取り囲み、悪者どもの群れが、私を取り巻き、私の手足を引き裂きました。私は私の骨をみな数えることができます。彼らは私を眺め、私を見ています。彼らは私の着物を互いに分け合い、私のひとつの着物をくじ引きにします。(十字架での預言)

イザヤ書の53章

だれがわれわれの聞いたことを信じ得たか。主の腕は、だれにあらわれたか。 彼は主の前に若木のように、かわいた土から出る根のように育った。彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、われわれの慕うべき美しさもない。 彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。 まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。 しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。 われわれはみな羊のように迷って、おのおの自分の道に向かって行った。主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた。 彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、口を開かなかった。ほふり場にひかれて行く小羊のように、また毛を切る者の前に黙っている羊のように、口を開かなかった。 彼は暴虐なさばきによって取り去られた。その代の人のうち、だれが思ったであろうか、彼はわが民のとがのために打たれて、生けるものの地から断たれたのだと。 彼は暴虐を行わず、その口には偽りがなかったけれども、その墓は悪しき者と共に設けられ、その塚は悪をなす者と共にあった。 しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、主は彼を悩まされた。彼が自分を、とがの供え物となすとき、その子孫を見ることができ、その命をながくすることができる。かつ主のみ旨が彼の手によって栄える。 彼は自分の魂の苦しみにより光を見て満足する。義なるわがしもべはその知識によって、多くの人を義とし、また彼らの不義を負う。 それゆえ、わたしは彼に大いなる者と共に物を分かち取らせる。彼は強い者と共に獲物を分かち取る。これは彼が死にいたるまで、自分の魂をそそぎだし、とがある者と共に数えられたからである。しかも彼は多くの人の罪を負い、とがある者のためにとりなしをした。

ダニエル9章の七十週の預言は、イエスキリストが断たれるその日を正確に予告しています。イザヤ章6節では、イエスが受けられたむち打ちに関して正確な預言があります。 ゼカリヤ12章10節は、メシヤが突き刺されること、それは、イエスが十字架で亡くなられたあとに起こったことですが、それを予告しています。他にも多くの例を書かれています。旧約聖書は、イエスキリストが救世主として来られることを、預言しています。

 

この神が与えた旧約聖書の預言どおりに、

預言通りの系図で救世主として生まれ

かつ、預言通りに全ての人の身代わり、

全ての人類の罪を精算していただいた方が、

イエスキリストなのです。

 

 

 イエスキリストの初臨とは

人の全ての罪の代償として十字架にかかることをわかっていた、神であり、人であるイエスキリストがはじめにこられたのが、今から2017年前です。(現在が2017年であるので)実際にはさらに4年前だとも言われています。

この神であるイエスキリストが初めて来られたことを初臨といいます。

 

イエスキリストの再臨とは(主の日 終わりの日)

またイエスキリストは再び来ると聖書には明確に書かれています。

これを再臨といいます。

つまり世界は西暦(A.D)を通して、キリストの再臨を数えていることになります。

もし今日、イエスキリストが再臨されたなら、2017年が主の日、主の再臨の年となります。

 

イエスキリストが十字架にかかったことなどはご存知だと思います。最近はイースター(復活祭)などもテレビなどでも伝えられているので知っている方も多いと思います。

しかし再臨については全く、日本人は知らないのではないでしょうか?

 

 

約2000年前に旧約聖書が示すとおりに、ユダヤ人の地にイエスキリストが救世主として現れた。

しかし、ユダヤ人が救世主として受け入れなかった、つまりは福音を受け入れなかった。

そのためにその福音が異邦人(ユダヤ人以外の人)のもとに今現在まで世界中に広がっている。

現在は世界人口74億人弱です。

その内キリスト教信仰者は約20億人と言われています。

聖書は世界2479の言語で翻訳され 現在まで4000億冊以上発行されています。

日本では1874年~2004年に3億4584万1334冊が頒布されています。

日本ではクリスチャン人口は1%を超えたことがないと言われています。

現状は非常に少ないです。

西暦表記で日常を過ごし、クリスマスを祝い、イースター(イエスキリストの復活祭)を知り、

聖書は今は無料アプリで見ることが出来る時代です。

神様は皆さんに気づける全てのことをしてくださってます。

あとは皆さんが創造主とイエスキリストを信じ、福音を得て救われるのを待っているのです。

それでも受け取らないというのなら、7年間の大艱難の試練を通じて神を信じるか、信じないかの選択をしなければなりません。

 

マタイ24:14ーこの御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます。

 

 

主の日(終わりの日)とは

その聖書はイエスキリストの再臨を主の日あるいは終わりの日と呼ばれています。

この終わりの日の前に大艱難時代があり、

福音を得ていない者

悪を行う者

など全て大艱難の末に全世界人口の4分の3が滅亡します。

つまりイエスキリストが王となる千年王国を築くために、

キリストを信じない者は全て滅ぼされるのです。

 

 

しかし神の御心は以下のように

テモテ第一2:4

 神はすべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。

ペテロ第二3:9

ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。 しかし、主の日は盗人のように襲って来る。その日には、天は大音響をたてて消え去り、天体は焼けてくずれ、地とその上に造り出されたものも、みな焼きつくされるであろう。 このように、これらはみなくずれ落ちていくものであるから、神の日の到来を熱心に待ち望んでいるあなたがたは、 極力、きよく信心深い行いをしていなければならない。その日には、天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう

 

マタイによる福音書 22

「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ」。 これがいちばん大切な、第一の掟である。 第二もこれと同様である、「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」

これが一番大切な掟だとイエスキリストは言われました。

この掟を守る人々と、イエスキリストを中心とした千年王国がつくられます。

全ての悪を滅ぼしてからイエスキリストが統治する千年王国が始まり、その後永遠の御国になります。

 

 

今はまだ福音を誰でも自由に得ることが出来る時代です。

 福音を得た人は、終わりの日に大艱難に会うことがありません。

 

これから世界は聖書が示すとおり国と国とが対立するようになり、

反キリスト(暴君)が現れてからは自由にキリストを信仰することができなくなります、つまり福音を得ることが命懸けの時代に一気に変わります。

 

今はその終わりの日の兆候が今にも整いつつある状況です。

 

マタイ24章3節 終末の徴

人に惑わされないように気をつけなさい。多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起らねばならないが、まだ終りではない。民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。そのとき、多くの人がつまずき、また互に裏切り、憎み合うであろう。また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。そしてこの御国(みくに)の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣(の)べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。

 

 

ですので今、 福音を得ていただくことが大切なのです。

 

ヨハネ福音書14章6

わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。

 

 

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福音を受け取りたい方へ

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まず静かなところで一人になれるところに行ってください。

 

そして心を静めて、出来るだけ、ご自身が子供に戻ったかのように素直な気持ちになってくださいね。

 

リラックスしてください。 

 

準備はいいですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

今、あなたは神様の前にいます。

 

 

 

 

 

ではまず、心の中で、神様のことを忘れていたことを罪だと認めてください。

そして 「神様、すいませんでした。」と心から謝りましょう。

 

 また過去にご自身が、もし今までのことで、全て神様に見られていたら怒られるだろうなと感じた出来事がありましたら、それについて、心から謝罪しましょう。

 

 

 

 

そうすると神様が皆様の罪を赦していただけます。

今日この時まで、あなたを救いに導くために、あなたのことを神様が支え続けていただいたことに感謝しましょう。

 

 

 

 

神であり、人としてこの世にこられたイエスキリストが、私たち全ての人の罪を、身代わりとして背負って下さったこと。

そしてその、

①イエスキリストが私たちの罪のために死なれたこと。

②墓に葬られたこと。

③3日目に復活し、多くの人の前にあらわれたこと。

 

以上のように神がイエスキリストを死者の中から復活させられたことを心から信じます。

 

そして

 

「イエスキリストが私たちの主である」と口で言ってください。

 

 

 

 

 

 

おめでとうございます!!!

 

 

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福音を信じ、口で言い表した皆様は確実に神の救いと恵みを受けました。

 

心から信じていないと口で言い表すことができません。

 

一度、福音を心で信じ、口で言い表した皆様は絶対に救いから漏れることはありません。

 

ですから救われているかどうか不安になる必要は今後ありません。

 

ローマ人への手紙10章9節

自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。 なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。 聖書は、「すべて彼を信じる者は、失望に終ることがない」と言っている。 ユダヤ人とギリシヤ人との差別はない。同一の主が万民の主であって、彼を呼び求めるすべての人を豊かに恵んで下さるからである。 なぜなら、「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」とあるからである。

 

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教会の意味 結婚式の意味

私は昔、教会で結婚式を挙げました。

当時の私も妻も、特になんの信仰もない人間でした。

ただなんとなく、妻が言うがままに和式ではなく様式で教会で挙げました。

ただおしゃれな感じがあったからだと思います。

ハワイで挙式を挙げ、親族だけで挙げました。

それぞれの親、兄弟、姪っ子などが来て楽しく過ごせました。

今から思えばその頃からも、家族みんながイエス・キリストに招かれていたのだなーっと感じます。

早くこのことに気づいてくれーっと願う毎日です。

 

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キリストにおける結婚とは

新郎イエスキリストと新婦である真のキリスト信者との結婚を意味します。

いま新郎であるイエスキリストは新婦のために結婚式の準備をしていただいている期間です。

イエスキリストがいつでも迎えに来てもいいように身を整えていなければなりません。

このことについてわかりやすく書いていただいているサイトがあります。

osusowake.hatenablog.com

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 福音を受け取られる方は 

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祈りのすばらしさ

祈りは神の御心に合うならば完全に行われます。

 

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マタイ福音書18章18

はっきり言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる。またはっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。

 

ですので二人以上で祈ることは必ず叶えられるということです。

周りにまだ救われていない方がいるのならば、

二人以上で祈るなら叶えてくれるということです。

では一人なら効果はないのか、そんなことはないです。

一人で祈っても必ず御心に合うならば叶えられます。

ここでは福音を得た人が、共に同じことを祈る力は絶大だという教えだと思います。

神の御心は以下のように

テモテ第一2:4

 

神はすべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。

ペテロ第二3:9

ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。 しかし、主の日は盗人のように襲って来る。その日には、天は大音響をたてて消え去り、天体は焼けてくずれ、地とその上に造り出されたものも、みな焼きつくされるであろう。 このように、これらはみなくずれ落ちていくものであるから、神の日の到来を熱心に待ち望んでいるあなたがたは、 極力、きよく信心深い行いをしていなければならない。その日には、天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう

 

このようなことが神の御心に含まれています。

ということは

一人 一人が福音を得て、

福音を得た人が、また他の人に福音を伝え

まだ福音を得ていない人が、福音を得ることができるように神に祈ることが、

御心に叶い、救われる人が増えていくのではないでしょうか?

主の日は近いです。

 

 

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早わかり 正しい祈り方

福音を得た方は、祈ることによって、神様と日々、コミュニケーションを取られることをおすすめ致します。

 

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以下のマタイ 6章9節にあるように祈られると良いです。

 

『天に居られる私たちの父よ、

御名があがめられますように。

御国(みくに)が来ますように。

御心(みこころ)が行われますように。天におけるように地の上にも。

私たちに必要な糧を今日もお与えください。 

私たちの負い目をお赦しください。私たちも自分に負い目のある人を赦しましたように。

私たちを試みに会わせず、悪い者からお救いください。

イエス・キリストの御名によって祈ります。 アーメン』

 

 

天に居られる私たちの父よ、

福音を得た皆様は神の子供となったのです。おめでとうございます!!! 

神を父と呼ぶことができるのは福音を得た人でないと呼ぶことができません。

これは神の一部であり、福音を得た皆様に、分け与えられた聖霊(御霊:みたま)による働きがあるおかげです。 まず天に居られる父に対して祈りを捧げることを意識してください。

 

御名があがめられるように

神が人々に正しく真の神としてあがめられるように、神が真の神として礼拝されますように、という意味です。

 

御心(みこころ)が行われますように。天におけるように地の上にも。

神が定め、望まれる意志が実現するようにと祈ります。

みこころにはたくさんのことが含まれますが、

テモテ第一2:4「神はすべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます」。

ペテロ第二3:9「主は・・・ひとりでも滅びることを望まず、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられます

このようなことが神の御心に含まれています。

 

私たちに必要な糧を今日もお与えください。

必要な糧とは私たちの肉体的な糧と霊的な糧を意味します。

肉体的な糧とは、その通りに食物のことで、

霊的な糧とは神への祈りや聖書の御言葉によって神からの霊的な糧を与えていただきくとです。

祈りは神様に私たちが必要なものをお願いする機会です また、これまで神様が誠実に与えてきてくださったものにも感謝しましょう 自分の欲ではなく、神の御心のままに。

 

私たちの負い目をお赦しください。私たちも自分に負い目のある人を赦しましたように。

「神に対する負いめ(罪)の赦し」が、「自分たちに対する負いめのある者たちを赦す」ことと密接な関係をもっているということです。

この関係において大切な点は、使徒パウロが「神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。」(エペソ4:32)、「互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。」(コロサイ3:13)と述べているように。あくまでも神の恵みによる無条件の赦しが大前提としてあり、その前提に立って、他の人を赦すべきことを勧めています。

主人(王)のあわれみによって膨大な負債を帳消しにしてもらったしもべ、そのしもべが自分から借り (自分が帳消しにされた負債から比べるならば、ごくわずかな負債) のある者を赦さずに、借金を返すまで牢に投げ入れたイエスのたとえ話(マタイ18:21~35)にあるように、私たちもそのような事態になることが多々あるからです。

神に対する負債、負いめ、的外れな罪を完全に赦されたことを正しく受け止めことと、自分に対して負いめのある者、あるいは自分に対して悪いことをした者を赦すことと同義的な関係にあるのです。

それゆえ、私たちは「私たちの罪(負いめ)をお赦しください。私たちも私たちに負いめのある者たちをみな赦します(赦しました)。」という祈りをする必要があります。

 

日ごとに私たちが神からの無条件の赦しを受けていることを絶えず意識しながら生きるために、この祈りはとても重要な祈りと言えます。

 

私たちを試みに会わせず、悪い者からお救いください。

私たちを肉的な誘惑に陥らせず、悪しき者の策略に陥ることのないように、私たちをお守りください。

「目を覚ます」とは、「祈る」ことを意味します。どんなに神に対する志が高くとも、祈りという戦いの武具を実際に身につけていなければ、悪しき者の思いのままです。

 

イエス・キリストの御名によって祈ります。

祈りの宛先は、天におられる御父。祈りの締めは、主イエスの御名によって終わります。

 

では、その間の祈りの内容はどうしましょう?何でも祈ってよいのですが、

「さかなとねこ」として覚えておくと良いでしょう。

 

「さ」ー賛美。

「か」ー感謝。

「な」ー何でも。

「と」ーとりなし。

「ね」ー願い事。

「こ」ー(罪の)告白。

 

アーメン

真実に そのとおりです。の意。

 

いつ、どこで祈ればいい?

ひとりになれて、静かに集中できるところが良いです。

聖書は継続的に祈るように教えています。(第1テサロニケ5:17)

毎日確実に祈りに集中できる時間を持つことが大切です。一日に何回でもいいと思います。出来る時に、したいときにで結構です。

これは聖書を読む時間にも当てはまります。

初めからたくさん祈ることができれば良いのですが、できなくても落ち込まなくても良いです。

祈りを続ければ、祈りの良さが体感できるようになってきます。

私ははじめはこの祈りの聖句の意味も良く分からなかったので

続けて祈ることがなかなかできませんでした。

しかし今では、毎日祈らないほうが気持ち悪いくらいです。

 

 

 

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私が創造主とイエス・キリストを信じたきっかけ

私はこの2年間(2015年頃から)、ちょっとしたきっかけで聖書を読むことになりました。

そのきっかけというには、私は2年前に運転免許証の更新を忘れていました。

財布の中の運転免許証を見たときにはちょうど更新日から一年過ぎていました。

「嘘やろ!更新忘れてたらどうなるんや!」と思い調べたところ

もちろん運転してはいけなくなり、更には学科試験をもう一度受け直し合格しなければならず、実技の運転試験でも合格しなければならない現実に直面しました。

この実技の試験というのは非常に難しく、自動車学校で教わるとおりに運転しなければ合格できないものです。 しかも一日がかりです。

仕事が休みの日に義理の父にお願いして実技試験のあるコースを何回も走行し

試験のために大変な努力をしました。

しかし2回目の試験まであっさりと不合格となり、私は完全にいらだっていました。

この努力をしてもいつまでも不合格にされ、報われない状態に

何日も試験のために仕事を休まなければいけないことに

これがいつまで続くのか? 

3回目の実技試験の始まる前の待合室で

なぜ更新日を忘れただけでこんな目に会わないといけないのか?

今までそんなに悪いことした覚えもないのに苦しめられるのか?

本当に神などいるのか? 神様が居るなら、お願いやから今回は合格させてくださいーっと願っていました。 いい年したおっさんがですよ。(^O^)

すると試験官の方が手違いで最後に試験しますのでお待ちくださいと言われ。

大変リラックスしたムードで実技試験を受けることができ、やっとのことで合格することができました。

 

そんなことで、ただなんとなく神様っているのかな?

そういえば結婚式は教会で挙げたなと思い

教会での神様といえばキリストやな キリストって何かな? ぐらいの知識でした

それからネットで調べるうちに聖書を少しずつ読むようになりました

私はそれまでなんの信仰もありませんでした、実家は浄土真宗でお盆やお彼岸や墓参りに行っていただけでした。

ただ聖書を読み、ネットで調べれば、それを続けているうちに 本当に創造主がおられ、イエス・キリストが私たちの救い主なんだということを今は信じるようになりました。

神様からの福音を自分のものにできたことは人生の最大の喜びです!

 

では、なぜ人生の最大の喜びであるのかお話したいと思います。

聖書を読んで

1 福音を手にすると必ず天国に行けることがわかったこと

2 これからどう生きるべきか、はっきりとわかったこと

3 神様の御心に合うならば、なんでも望んだことは叶えてくれるとわかったこと

4 この不安定な世界状況の中での世の中がどうなるのかが聖書にかかれているので不  安にならなくなったこと

 

 

以上です。

こんなありがたいことはないです。

死んだらどうなるのか今まで確信がありませんでした。その不安がなくなりました。

 

聖書に書いてあることを守りながら生きることが大切だと分かりました。

聖書にある最も大切なことは

神を心をつくし、精神をつくし、思いを尽くして神である主を愛すことです。

またこれと同じように隣人を自分のように愛すことと書かれています。

その他聖書の言葉が日々、自分を助けてくれます。 

 

日々、祈りを通して イエス・キリストの御名(名前)を通して願うと、必ず神様が叶えてくれることがわかったからです ただし自分の欲望はダメですよ。あくまで神様がそれは良い事であると思うことでなければ叶いません。

 

聖書は約3割が預言です。ですから過去に預言されていることは全て神様は成就されます。

今まで全て聖書に書かれている預言は実現しています。 ですのでこれから起こることも預言されています。 ですから今後どういうふうに世の中に対して備えるのかということがわかります。

 

 

ただ一つだけ手放しで喜べないことがあります。

 

それは

 

死ぬまでに福音を手に入れなかった人は天国に入れないことがわかったからです。

 

聖書には生きている間に福音を手にしなければ、死後には一切、悔い改めの機会が与えられないことが書かれています。

 

まだ私の周りに福音を受け取っていない人がたくさんいる。

 

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福音とは What is the Gospel

福音とは、聖書に書かれているとおり

人が創造主である神から背き、

神を忘れ、過ごしてきたことを罪として認め、

今までの人生において、人が罪を犯したことを神に告白し、

心の中で神に謝罪すること。

また、

創造主がこの世に送っていただいた

神であり、人としてこの世にこられたイエスキリストが、私たち全ての人の罪を、身代わりとして背負って下さったこと。

そしてその、

イエス・キリストが私たちの罪のために死なれたこと。

②墓に葬られたこと。

③3日目に復活し、多くの人の前にあらわれたこと。

 

以上のように神がイエス・キリストを死者の中から復活させられたことを信じ

口でイエス・キリストが私たちの主であると公に言い表すなら、神から義(良しと)とされ、救われます。

 

そして神とともに天国で過ごすことのできる永遠の命が約束されます。

 

以上のことを信じて神様と共に天国で永遠の命を得ることを知ることが福音です。

 

非常にシンプルです。たったこれだけです。

 

このことを信じれば神様は、どんなことからも守っていただけます。

これからの人生をイエスキリストが支えてくださいます。

 

 

神様が与えてくださった聖書を通じて、

神さまが語る罪とは何かがわかります。

皆様をこれからイエスキリストに近づけるよう、似たものになるように変えてくださいます。

今までのこの世界の始まりから、終わりまで全く嘘偽りなく教えていただけます。

この世の真実がわかります。

この世界がどうなっていくのかがわかります。

これから人類は苦難の時代(大艱難時代)に入って行きますが、福音を得た人はこの苦難から守られます。

最終的に人類が苦難の末にイエスキリストによって救われることがわかります。

 

 

神様とイエスキリストへの祈りにより、

皆様の必要なものは全て神はご存知で、神の計らいにより、その人にとって最も良い時に与えられます。

神様が皆様の人生を最善の人生へと整えてくださいます。ですので自分中心に頑張ることなく、神様が整えた道を歩くことが最良の人生となります。

 

 

この世よりもはるかに素晴らしい神の国で永遠に過ごすことを約束していただけます。

 

このブログは皆さんがこのブログを見て、これから来る

大艱難(苦難)の前福音を受け取って頂くことを最大の目的としています。

 

つまり

聖書は真実であり、

聖書に書かれている創造主は今も全てを管理されている。

創造主が創造した人は神から背いたものが多く

罪を犯した人の救済のために 罪のない神の御子イエスキリストを地上に身代わりとして送られた。そのイエスキリストは聖書の示すとおり十字架にかかり死に、三日後に神が復活させた。そして現在、創造主の右の座に着いている。

その復活を信じ、福音を得たものは、神から良しとされ、永遠の命を与えられる。

そして最終的に神から背いているものは、大艱難時代の末にイエスキリストの再臨により葬られ、永遠の地獄へと送られる。

 

 

ローマ人への手紙10章9節

自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。 なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。 聖書は、「すべて彼を信じる者は、失望に終ることがない」と言っている。 ユダヤ人とギリシヤ人との差別はない。同一の主が万民の主であって、彼を呼び求めるすべての人を豊かに恵んで下さるからである。 なぜなら、「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」とあるからである。

 

 

 

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